その日、一人で夜勤担当をしていたのは職員S。以前から複数の入居者が「Sが怖い」と言うことがあった。鈴木さんがSの動きを注意して見ると、Sは入居者が呼んでも、「しつこいよ」「うるさいよ」「トイレは自分で行ってきな」などと、頻繁に乱暴な言葉を吐いていた。

 問題はそれだけではなかった。職員Sが一人で夜勤に入ったある日、入れ違いで帰ろうとした鈴木さんは、前出の入居者女性の個室で衝撃的なものを見た。

「寝ている入居者の顔の上に、ティッシュペーパーが置かれていたんです。まるで亡くなった人にするように」(鈴木さん)

 いたずらにしても度が過ぎる行為で、入居者を侮辱する「心理的虐待」ともとれる。この入居者には骨折の件もあり、Sからの暴言が集中する傾向もあった。放置できないと考えた鈴木さんは、施設長に報告した。だが、反応は冷めたものだった。

「あの人が怖いと言われていることは把握しています。ただ、他に夜勤できる人もいないし、しょうがないでしょ。あなたが夜勤できるの?」

 人手不足を言い訳に黙殺する構え。運営会社とも面談したが、本部長は鈴木さんに向かって開口一番こう言い放った。

「あなたは解雇です」

 鈴木さんは問題を改善するために話し合いたかっただけにもかかわらず、一方的な仕打ちだった。

 口論の末、本部長はすごい剣幕で立ち上がり、つかつかと歩いてきた。ズボンのポケットに手を入れたまま、鈴木さんをこう怒鳴りつけた。

「名誉毀損で訴えるぞ。施設の名前に傷を付けたら、賠償金を払えるのか。地域包括支援センターに連絡して、この地域では働かせないようにするぞ」

 施設内での解決が不可能なら、内部告発をするしかない。そう考えた鈴木さんはすぐに市役所にアポを取り、既に退職していた同僚と共に向かった。だが、市役所の担当者の言葉にも「高いハードル」の存在を感じた。

「録音や録画などの証拠がないと告発できませんよ。役所は警察でないので捜査はできない。上がってきた報告を審査するだけですから」

「高齢者虐待防止法」では、虐待を発見した者は速やかに市町村に通報するよう努めなければならず、通報を受けた行政側は速やかに事実確認などの対処をすることが定められている。通報に証拠の有無は問われておらず、本来、この担当者の話は適切ではない。

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