現状では、気づいた家族が業者と交渉することになる。注文時に判断能力がなかったことを示す必要があるが、消費者問題に詳しい弁護士法人・響の坂口香澄弁護士によると、成年後見制度(認知症など判断能力が十分ではない人を支える制度)を利用していなくても契約無効を主張できる。だが、医師の診断書をそろえるなど、手続きは面倒だ。多重注文は未然に防ぎたい。

「買い物で使うサイトは家族のアカウントで利用するようにして家族にも見えるようにしておくなど、家族の支援が必要です」(坂口弁護士)

 ただ、交渉すれば業者が返品や契約取り消しを一部認める場合がある。日本通信販売協会によると、こんな例がある。

 85歳の認知症高齢者が約40点(70万~80万円相当)を数年にわたって購入したため、家族が返品とともに今後は注文を受けないでほしいと業者に要求。業者はその年に購入した14点の返品と今後の注文を受けないことについては応じる一方で、数年前の注文分については返品を断ることにした──。

 同協会消費者相談室長の石川康博さんは言う。

「高齢者への対応については協会内でも話し合っており、各社とも苦労しています。多重注文であっても原則として売買契約は成立しますが、申し出があれば対応できる範囲で柔軟に対応しています」

 多重注文について、ネット通販大手も対策に乗り出しつつある。アマゾンは画面上で注意喚起したり、簡単にキャンセルできるようにしたりするなどしている。楽天は家族の要望があれば店舗側に警告を表示するほか、モニタリングで不自然に注文が急増している利用者を見つけたらIDや注文を停止することがあるという。ヤフーはシステム上の対策などを提供する予定だ。

 認知症高齢者の家族からは、便利さを奪わない形でトラブルを防ぐシステム作りを求める声が上がる。「認知症の人と家族の会」の鈴木森夫代表理事はこう訴える。

「同じ商品を同じ日に何度も購入すると何回目かにロックがかかり、正常に買うときには解除できるなどにしてほしい」

 高齢者もスマホを使う時代。一方で、2025年には認知症の高齢者は約700万人に増える見込みだ。大妻女子大学の是枝名誉教授は言う。

「同じ商品を3回くらい注文したら、業者側でもおかしいと思ってもらいたい。これからは誰にでも起き得る問題です」

(本誌・浅井秀樹)

週刊朝日  2020年12月4日号