ヘレンが直面していたはずの悩みを、著者は詳しく指摘してみせる。たとえば、当時の人々が陥りがちだった偏見について。ヘレンが自分の考えを語っても、単にサリヴァン先生の考えを吹き込まれたに過ぎない、とみなされてしまうことが多かった。盲聾者が優れた知性を発揮する可能性を、人々はなかなか認めようとしなかった。特にヘレンの場合、指文字による発話を誰かに通訳してもらう際には、それが自身の言葉であることを証明しにくかった。通訳への依存は、自分に入ってくる情報の制限をも意味していた。

 ヘレンと性の問題も、新しい切り口の一つだ。彼女には新聞で取り沙汰された、結婚許可書申請事件があった。実家の人々やサリヴァン先生の反対により、結婚は妨害される。その後、妹宅に身を寄せたヘレンの、知られざる行動に著者は言及する。

 広告塔としての悩み、周囲の期待に応え続ける辛さ。サリヴァン先生との長きにわたる同居も、美談とばかりはいえない。優等生であろうとしたヘレンに、著者は自分の苛立ちをぶつけてみせる。

 本書は、多くの点でわたしたちの蒙を啓いてくれる。現代は制度が整い、障害者の活躍が可能になっている、と思われがちだが、まだまだ足りない部分は多いだろう。さらに、人間には誰しも、加齢や不慮の事故によって身体機能を損なう可能性がある。本書に書かれていることは、普遍的な問題だ。

 ヘレンに文句を言っているように見えながら、実は深い共感の念も抱いている著者。豊かな想像力で、死の床に就くヘレンの姿まで、まざまざと描き出している。愛情に満ちた結語に、胸が熱くなった。

週刊朝日  2020年11月27日号