監督は前作「さよなら、人類」でヴェネチア国際映画祭の金獅子賞(グランプリ)を受賞した、スウェーデンが世界に誇る映像作家のロイ・アンダーソン。5年ぶりに発表した本作「ホモ・サピエンスの涙」でも同映画祭の最優秀監督賞を受賞した。
高台にあるベンチに座る男と女。鳥の群れが飛んでいる。そんな2人が見た市井の人々。この世に絶望し、信じるものを失った牧師。戦禍に見舞われた街を上空から眺めるカップル……悲しみは永遠のように感じられるが、長くは続かない。これから愛に出会う青年。陽気な音楽に合わせて踊るティーンエージャー……幸せはほんの一瞬でも、永遠に心に残り続ける──。
人類には愛があり、希望がある。だから悲劇に負けず生きていける。悲しみと喜びを繰り返してきた不器用で愛おしい人類の姿を万華鏡のように描く。CGはほぼ使わず、巨大なセットを組み、全33シーンをワンシーンワンカットで撮影。実在の名画からインスパイアされた映像美が見もの。
本作に対する映画評論家らの意見は?(★4つで満点)
■渡辺祥子(映画評論家)
評価:★★★★
日常生活の中に何気なく混じるのは、この世に絶望した牧師、架刑台へ向かうキリスト、降りしきる雪の中を行く大量の捕虜などなど。絵画的な美しさを持つシーンが曇天の下で静かに流れる。人間の生の営みを綴る映像詩。
■大場正明(映画評論家)
評価:★★★
くすんだ色に染められた絵画的な世界を背景に、絶望の淵に立たされ、不安にとらわれた人々を、感情移入するでもなく突き放しもせず、絶妙の距離感で優しく見守る。その積み重ねからは、連綿と続く人の営みが見えてくる。
■LiLiCo(映画コメンテーター)
評価:★★★
監督は裏切らない。あの不思議な世界観にアートを合体させた。登場人物が変だから雰囲気に浸り始めたらツボにハマってしまいます。ロイの作品は真剣に見たら損かも。しかしスウェーデン人はみんなこんなのではないよ!
■わたなべりんたろう(映画ライター)
評価:★★★★
ヒトラーのような歴史的人物のモチーフもあるが、多くはどこにでもいる市井の人々が理不尽さに遭う様子を劇伴をつけず、カメラを寄らずに全身ショットで描く。宇宙人が人間の滑稽さを観察するみたいな哀歓は無二!
(構成/長沢明[+code])
※週刊朝日 2020年11月27日号