「芝居とか台詞とか、そういう自分が置かれている設定については全て忘れて、ただ一緒に存在しているだけ。そんな不思議な感覚がありました。監督は、たぶん、ワンシーンごとに見る人の息が詰まりそうになる空気が生まれるまで、粘っていたんでしょうね」

 まだ27歳。せっかく女優になったのだから、キレイに撮られたい気持ちもあるだろう。でも、愚直なまでに人間の暗部にスポットを当てたこの映画で、敢えてやつれた顔を晒した彼女の表情には、見る側を物語の中に引き込む、生々しい強さが感じられた。

 仲野太賀さん演じる主人公は、ある失態をきっかけに地元を離れ、妻にも見限られ、根無し草のような生活を送る。吉岡さんは、台本を読みながら、「みんな、なんて不器用なんだろう」と思ったという。

「私自身は、この映画とは正反対で、あったかい家族と、とっても平和な毎日を送ってきました。両親に祖父母に弟。一緒にいるだけで日だまりに包まれているような気分になれるんです。苦しいことに直面しても、みんなで力を合わせて乗り越えてきた。楽しいことがあるから一緒にいるんじゃなくて、家族で一緒にいればどんなことも楽しくなる。そんな家庭で育ったので、台本を読みながら、『ここで、こういう言葉をかけたら、問題は解決できたのに』とか、何度ももどかしさを感じました」

(菊地陽子 構成/長沢明)

吉岡里帆(よしおか・りほ)/1993年生まれ。京都府出身。主な出演ドラマに、「あさが来た」(2015年)、「ゆとりですがなにか」(16年)、「カルテット」(17年)、「きみが心に棲みついた」(18年)、「時効警察はじめました」(19年)など。映画では、「パラレルワールド・ラブストーリー」「見えない目撃者」(共に19年)、「Fukushima50」(20年)など。「ゾッキ」は21年春公開予定。

>>【後編/吉岡里帆「初めての出来事は、全て宝物」 失いたくない感覚とは?】へ続く

週刊朝日  2020年11月27日号より抜粋