ところでセトウチさんの足の指先が赤黒く腫れて痛むのは血行が不順だからで、一種の動脈血栓だと思います。原因は自律神経失調症から来ているのです。交感神経と副交感神経がアンバランスになることが原因です。交感神経が高揚すると血流が悪くなります。僕もかつて同じ症状で2カ月入院しましたが、当時の医学は、即物的で、この病気が心因的なものだとは診断できないで、病院の先生も頭をかかえてしまったのです。だけど現代は医学がうんと進歩しているので手術が可能です。僕が病気になったのは50年前です。手術という発想はなかったので、悪くなると足を切断する方法しかなかったのです。

 だけど僕は、病院を抜け出して、東洋医学で救われました。交感神経を緩和させるために、鍼灸あんまの先生に頭中心にマッサージをして、血行を促すことで、足の痛みが取れたのです。だから、手術の日までの待機期間中でもマッサージを、と何度もサゼッションをしたのに、セトウチさんは、足が痛いのに、なんで頭を揉むんや、と思われて、マッサージをされなかったでしょ。僕は『病の神様』という本を書いているぐらいですから夏目漱石とどっこいどっこい、病気なら何(な)んでも聞いて下さい。医者から自分の主治医になれますと、太鼓判を押されているくらいです。この際、全部診てもらってまた、面白い闘病記を書いて下さい。

■瀬戸内寂聴「寂聴です 三週間ぶりにペン 感動で震えた」

 ヨコオさん、なつかしい、なつかしいヨコオさん!

 ようやっと、心にかかりっ放しだったお手紙を書くことが出来ました。ペンを持ったのは、三週間ぶりです。私がもの書きになって以来、三週間も仕事のペンを持たなかったことは初めてです。書けるかな? とこわごわペンを持つと、腕が震えました。

 嬉(うれ)しさが一杯で、やっぱり私はペンという道具と一心同体の職人なんだナと、ある種の感動に、全身が震えました。

 ある日、突然、寂庵の廊下で転んで、頭から廊下に打ちつけ、気がついたら、全身打撲痣になって、痛いの、何の、声も出せませんでした。私はなぜかよく、転びますが、必ず脚からでなく、頭から打ちつけられます。角力(すもう)で投げられる型です。そのあとの顔ときたらお岩を怒らせたよう。ヨコオさんなら、すぐ描きたくなったと思います。傷は時と共に大きく深くなりました。顔全面が墨色に染まり、瞼(まぶた)もふくれ上がって、漫画どころではありません。見る見るうちに顔は紫色から七色に染まり、いよいよ目も当てられません。常に器量が悪く生まれたことを口惜しく思っているのに、この顔には涙も流れません。寂庵のスタッフは恐れと、おかしさと、同情の入りまじった表情で、私と目を合わせようとはしません。

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