また、ヤマト運輸大牟田支店では認知症の人がクロネコDM便を配達し、ホンダカーズ大牟田北手鎌店でも認知症の人が車を洗車する。ともにお金ももらえる。ホンダカーズの店長は言う。

「やりがいを感じてもらっています。目に見えて元気になった人もいます」

 こうした取り組みの背景には、25年に65歳以上の高齢者の5人に1人、40年には4人に1人が認知症になるという予測がある。地域ケアの取り組みに詳しい岡山大の宮島俊彦客員教授はこう語る。

「医療や福祉関係者だけで認知症に対応する時代ではない。認知症の方にも主体性を持って生きてもらおうというのが、自治体の狙いです。電車に乗ることができるか、商店でものが買えるか、銀行に行っても困らないか。認知症の人が暮らせるよう社会全体が変わっていく必要があります」

 認知症の人が安心して暮らせるようになるには、いざという時の備えが必要だ。

「人様に迷惑をかけないのが一番だが、万が一ということもある。その点で市の制度は安心です」

 こう話すのは、神戸市に住む松井正二さん(72)。妻が認知症で、要介護認定で2番目に重い要介護4まで進んでいる。信号や踏切の意味がわからず、自動車や電車が迫っていても渡ろうとすることがあるという。まな板をガスコンロの火にかけ、火災になりそうになったこともあった。

「どうしても普通では考えられない行動を起こしてしまう。事故のリスクはいつもあります」

 神戸市は19年、民間の個人賠償責任保険を活用し、事故を起こした認知症の人を救済する制度を作った。認知症と診断されると、「認知症事故救済制度」に入れる。電車などの事故で損害賠償を負った場合、最高で2億円まで補償。火災などの被害を受けた人に最高3千万円の見舞金が出る。保険料は自治体が支払う。

 加入者は4800人。飲食店でおしっこを漏らして座席が使えなくなったケースでは、座席の革の張り替えと営業ができなくなった分の損害賠償として約13万9千円が支払われた。水漏れで階下の天井や壁紙に損傷を与えたときには、28万6千円が支払われている。

 こうした救済制度は全国に広がっている。編集部の調べでは、少なくとも54の自治体が導入していた。東京都葛飾区では個人賠償責任の補償限度額は5億円。街を走る電車も多く、手厚い額になっている。長崎新幹線の整備が進む佐賀県武雄市は、沿線住民の不安の声を受けて3億円にした。そのほかにも、示談交渉サービス付きや、弁護士、裁判費用を補償するものもある。長野県下條村では、一人暮らしの高齢者が行方不明になるリスクがあるとして、捜索費用補償も付けている。

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