黒川博行・作家 (c)朝日新聞社
黒川博行・作家 (c)朝日新聞社
※写真はイメージです (GettyImages)
※写真はイメージです (GettyImages)

 ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は、コガタスズメバチについて。

*  *  *

 昼、インターホンが鳴った。通話ボタンを押すと、スーツにネクタイの若いひとだった。○○銀行の××と名乗り、ご挨拶(あいさつ)に伺いました、という。○○銀行には縁がないのでお断りしたが、「このことはご存じかもしれませんが、蜂の巣があります。蜂が近くを飛んでますよ」という。「あ、そうですか。ありがとう」

 わたしはしばらくして家の外に出た。門柱のインターホンそばのイヌマキの生垣(いけがき)をかき分けると、太い枝に大きな蜂の巣があった。直径二十センチ、高さ二十五センチほどのボール状で、小さな穴から蜂が顔を出している。警戒しているらしい。それにしても、よくぞこんな大きい巣に気づかなかったものだ。その蜂とわたしは五十センチも離れていない。

 巣のマーブル模様を見て、オオスズメバチではなく、コガタスズメバチだろうと見当をつけて門柱のそばを離れた。コガタスズメバチやアシナガバチはそう凶暴でないと知っている。現に、この春から秋にかけて何百回と巣のすぐ近くをとおったが、襲われることはなかった。

 家にもどって、よめはんにいった。「インターホンのそばに、こんなデカい蜂の巣があるぞ」両腕で七十センチくらいの輪をつくったら、「また嘘ついてるわ」と、よめはんは笑った。「ほんまにあるんや、スズメバチの巣が」「なかったら、なんぼくれるんよ」「あったら、なんぼくれるんや」「百円」

 たった百円に対して、巣がなかったら三千円だと、よめはんはいった。三千円という半端な額が不思議だった。

 よめはんは外に出て、もどってきた。

「ほんまや。蜂の巣があった」「百円、くれ」「あほいいな。ピヨコがいうたほど大きくなかった」

 だから三千円を寄越せと“特技・逆ねじ”のよめはんはいう。なぜかしらん、わたしが百円を払って、その賭けはケリがついた。「いま気がついたけど、今年はスズメバチが睡蓮(すいれん)鉢の水をよう飲みに来てたわ。ウメの木に毛虫がつかんかったし、コブシにも芋虫がつかんかったんは、あの子らが狩ってくれてたんやね」「そういうことやろ」

著者プロフィールを見る
黒川博行

黒川博行

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

黒川博行の記事一覧はこちら
次のページ