この蛮行に対し、韓国社会の怒りは沸騰した。

 すると、事件の3日後、北朝鮮当局は通知文を韓国に送り、「侵入者が乗っていた浮遊物は国家非常防疫規定に基づいて海上現地で焼却した」と主張した。つまり、焼却したのは遺体ではなく浮遊物であり、それは「コロナ防疫マニュアル」に沿ったものだと釈明したのだ。先述したように、漂流者は救助するのが当然であり、射殺などもってのほかだ。遺体であれ浮遊物であれ、海上で焼却したことも理解に苦しむ。

 北朝鮮側にすれば、自らの理屈にのっとって射殺と焼却は当然の行為だったのかもしれない。実際、「5月23日の金正恩同志のお言葉」と題する絶対秘密の文書には、金正恩氏が焼却を指示する内容が書かれていた。文言は次のとおりだ。

「敵側地域から入ってきた物資やビラ、汚物には勝手に手をつけず、徹底的に該当作業員の立ち会いのもとで回収・消毒し焼却処理するようにしなければならない」

 金正恩氏の指示・命令は絶対だ。射殺された韓国人の遺体は、敵側地域から入って来た「汚物」として焼却されたのだろう。マニュアル通り無慈悲に。

 10月10日の演説で金正恩氏は高らかに「コロナ勝利」を宣言した。しかし中国をはじめとする周辺国でコロナ事態が収束しない限り、北朝鮮は遮断の手を緩めることはできない。「勝利」の見通しは全く立っていない。

(協力:フロントラインプレス)

*週刊朝日10月30日号に加筆