新型コロナウイルスに対する感染防止策としては、「まずマスク」が国際的にも認識されている。そのマスクを国内生産できず、布の端切れなどで顔を覆うだけなら効果はほとんどあるまい。ヨモギを焚いた煙で消毒するといった行為は日本ではとうの昔に消えている。いずれのケースも北朝鮮の窮状を如実に示している。

 また、2月下旬のこの頃はPCR検査キットも全く足りず、感染の有無を調べることすら困難だったはずだ。もし首都・平壌や人民軍、建設動員組織などでコロナ蔓延(まんえん)という事態になれば、自力では手の打ちようがない。体制が揺らぐこともあり得る。では、国民には事実を隠しながら感染拡大の懸念をどう乗り切ろうとしたのか。

 北朝鮮の取材協力者によると、当局は「疑わしきは隔離」という荒っぽいやり方を採った。風邪の症状がある人が出ただけで、家族と近隣住民は丸ごと3週間前後も外出禁止にした。24時間見張りを立てて一帯を封鎖する物々しさは今も続いている。

 そんな危機意識を反映したコロナ対策の指針が、4月11日付の6ページからなる「決定書」である。これもやはり「絶対秘密」に指定された文書だ。「決定書」は、党中央委員会と政府の国務委員会、内閣の共同決定である。そこには、何が書かれているのか。この絶対秘密のポイントをいくつか列挙しよう。

「日増しに深刻になる世界的な防疫危機とわが国内部に新型コロナウイルスを伝播(でんぱ)させようとする敵の卑劣な策動に対処して、新型コロナウイルス感染症の流入を徹底的に防ぎ……」
「世界的に新型コロナウイルス感染症を統制できるまで、国境と領空、領海を完全に封鎖し、党創建75周年までに完工を計画していた主要建設対象を大胆に調節する重大措置を取る」
「すべての部門、すべての単位で中央非常防疫指揮部の指揮と統制に絶対服従し、非法的に物資を持ち込む現象に対しては、軍法で厳しく処理する」

 韓国や米国などの“敵”が新型コロナウイルスを北朝鮮国内にばらまき、感染を拡大させようとしているので警戒せよ、というわけだ。荒唐無稽のストーリーだが、「決定書」の内容はそれにとどまらない。外界との完全遮断、国家建設プロジェクトの大幅見直しなども列挙されている。

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中国との国境も封鎖