※写真はイメージです (GettyImages)
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 文芸評論家の長山靖生さんが選んだ「今週の一冊」。今回は『さよなら、エンペラー』(暖あやこ著、新潮社 1600円・税抜き)。

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 長引くコロナ禍のもと、社会には苛立ちと諦めが蓄積している。世代や地域や職種などによる分断、またその裏返しとしての同調圧力も深刻だ。「困った時の神頼み」なのか、疫病除けのアマビエ・ブームもあったが、宗教や哲学の分野から、強いメッセージが聞こえてこないのは気になる。実際は様々な宗教宗派が「心を一つにして立ち向かおう」とか「共に祈りを」といった発信をしているが、注目度は低い。もちろんそれは、不信心なこちら側の問題でもある。

 そんななかで聞こえてきたのは、この災厄についての天皇陛下のお言葉が少ないという意見だ。8月15日には、終戦記念日のお言葉のなかで、新型コロナへの言及があったが、政府が緊急事態宣言を発令した今年4月頃には、既に国民に向けた何らかの直接のメッセージを求める意見がメディアに散見された。天皇から国民への直接のメッセージというと、東日本大震災時のそれが彷彿とさせられる。

 本書は、そんな日本の現実とダブる部分もある、並々ならぬ問題作だ。

 4年後に大地震が起こり、東京は壊滅する──。そんなショッキングな近未来予測を、世界最速のスーパーコンピューターが発する。おかげで日本の国際的信用はガタ落ちとなり、株価も大暴落。外資系企業はさっさと東京から逃げ出し、日本企業も関西圏などへ本社を移す。政府も首都機能の関西移転を決定し、官庁を移転させ、東京の全住民にも転居を促した。

 だが、東京にとどまる人々もいた。あるいは転居したくても、行く当てや資金がない人々も。政府からも見捨てられたような状態となった残留者には無気力が広がり、街も人も日毎に荒廃していく。

 そんなじり貧状態の廃都に「東京帝国皇帝」を名乗る男が現れる。カラスに親しみ、ナポレオンを崇拝する「皇帝」の行動は、生真面目で出鱈目で道化じみているが、良き導き手のように見える時もあり、次第に人々の心を掴んでいく。彼を守ろうとする近衛隊や日本有数の富豪、その正体を探ろうとするマスコミなども周囲に出没。彼の付き人となった青年も、胡散臭さを覚えつつも「皇帝」に惹かれ、様々なことを学んでいく。

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