段田:そうだと思いますよ。僕も舞台が2本ぐらい飛びました。スタッフの方も、この状況で生活が成り立たなくなっておやめになることがあるなら、これは大変なことだなと思いますね。

林:でも、この「女の一生」で明るい兆しが見えるんじゃないですか。激動の時代を生き抜く姿を描いて、最後は「今はつらいこともあるけど、頑張ろう」って。

段田:「頑張ろう」という気持ちにはなると思います。明治から終戦までの40年間の話なんですけど、焼け跡からの希望は見えると思うんです。今が焼け跡だとすれば。

林:今の時代にぴったりのお芝居とも言えますね。

段田:そうですね。昭和20年の終戦直前の初演のとき、空襲警報が鳴ったらストップがかかって、お芝居を途中でやめたそうなんです。台本も焼けちゃったら大変だというので、みんな分散して持ってたというんです。

林:へぇ~! そんな記録が残っているんですね。

段田:杉村さんのインタビューで読んだんですけど、当時はもう命がけでやっていらしたそうです。人間は芝居を見なくたって生きていけるわけですから、僕らの仕事というのは、いらないと言われたら必要のない仕事。だけど、こういう時代でも芝居を見たいと人間は思う。そこがおもしろいなと思いますね。このコロナの時代にこういうことをやれるのは、貴重な体験かなと思います。

林:私、森光子さんの「放浪記」の2000回記念公演を見に行きましたけど、森さん、最後のカーテンコールで客席に向かってこうやって(両手を広げて)あいさつしたとき、ほんとに鬼気迫る感じでコワかったですよ。

段田:はい、森さんもおっしゃってました。役者が老いていって、今まではできていたことができなかったりしても、お客様はある意味残酷だから、「できないことがわかりながら、老いた森光子をわざわざ見に来るの」って。老いを見せるのも女優だということを、ちゃんとわかっていながらやってらしたんですね。

林:ほぉ~。だけどそれは女優さんだからで、男の方は、たとえば仲代達矢さんがおやりになっても、「ああ、年とったなあ」とは思わないんですよね。女優はやっぱり容姿というのを残酷に問われるから、男の方のほうがずっと得かもしれない。

段田:やる役にもよるんでしょうけど、確かに女優さんにとっては、そういう残酷さがありますよね。

※「澤瀉屋」の「瀉」のつくりは、正しくは“わかんむり”

(構成/本誌・松岡かすみ、編集協力/一木俊雄)

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週刊朝日  2020年10月23日号より抜粋