「一針一針ていねいに刺すわたしの作品に、皆さんが興味をもってくださるのはうれしいです。地道な作業ではありますが、いまのスローライフの世の中の流れに合っていたのだと思います」

 前出の日本ホビー協会の荒木専務理事は、手芸の位置づけが変わったと話す。

「むかしの手芸の位置づけは、母親が支出を抑えるために手づくりで洋服やバッグをつくっていた。だが安価なファストファッションが出現した。材料の布は安くないので家庭で手づくりするほうがコスト高。いまや手芸は、お金のかかるぜいたくな趣味なのです」

 フランスの老舗刺しゅう糸メーカーのDMC(ディー・エム・シー)グループの高級手芸道具も売れている。眼鏡フレームの産地として有名な福井県鯖江市の職人と協力し、フレーム素材を刺しゅうの枠に仕立てた「鯖江刺繍枠」や、細かい手芸作業に用いる「鯖江リング・ルーペ」は、一つ4千~6千円だ。

「経済的に余裕のあるシニア層や、コロナ禍以前はインバウンドで増えた外国人客によく売れました」(小山田光晴代表)

 男性は、高級な道具や素材にこだわる傾向がある。手芸でも同じだ。

 創業67年の歴史を誇る老舗手芸道具メーカーのKAWAGUCHIが経営するハンドメイド道具の店、「Cohana」は、地域の伝統工芸が施された匠の逸品をあつかう。

 竹の風合いを真ちゅうで再現した、「真ちゅうの竹尺」などは、男性客に人気だ。先日も、リモートワークのおうち時間を利用して、自身のシャツをつくりたい、と道具を探す男性客が来店した。

 男子サークルに所属する、早坂恒夫さん(71)は、刺しゅう歴30年のベテラン刺しゅう男子でもある。

「子どもや孫には、アニメのドラえもんやキャプテン翼の図案を刺したクッションなどをずいぶんつくった。妻のために草花を刺した大きな鏡台カバーは、20年たったいまも愛用してくれてる」

 65歳で定年退職。新しい趣味を探して絵画教室や版画教室にも通ったがピンとこない。

 NHKの編み物番組を目にして興味がわいた。すぐに棒針編み、かぎ針編みの講座を受講した。

「テレビを見ていても何か作業していないと落ち着かない性分。サークルの集まりでは、若い男性に交じっておしゃべりするのも楽しい」

 先の樋口愉美子さんは、手芸ファンにこうエールを送る。

「手芸や刺しゅうは、古くから世界中の家庭で営なまれ、年齢や性別を問わず愛されてきた仕事です。わたしは100歳まで刺しゅうを続ける予定です。みなさんもぜひ、手芸を長く楽しんでください」

(本誌・永井貴子)

週刊朝日  2020年10月16日号より抜粋