よめはんの画室に行って提案した。「ハニャコちゃん、地下室のステレオを麻雀部屋に持ってきたいんやけどね」「はいはい、そうしたらいいやんか」「いや、その、ひとりではしんどいんです」「聞こえません」「ほな、あのタンスだけでもどうにかならんですか」「あれは服でいっぱいです」「もう着ん服は捨てたほうがええんやないですか」「はいはい、そうですね」

 よめはんの協力は諦めたが、ステレオの救出は諦めなかった。まず断捨離だ。動線さえ確保すればなんとかなる。

 古い書棚をハンマーとのこぎりで解体し、廃材をまとめてビニール紐(ひも)で括(くく)り、ガレージに運んだ。もう読まない本は選別して段ボール箱に入れ、近所の本好きの友だちやテニス仲間の家に持っていった。カセットデッキの電源を入れてみたら壊れていたから、数百本もある映画カセットは『逆噴射家族』や『殺したい女』といった名作を除いて、みんな捨てることにした。カセットをDVDにコピーするデッキもあるらしいが、そういうマメさはわたしにはない。いまはネットフリックスやアマゾン・プライム・ビデオでたいていの映画は観られる。

 それだけの作業で三日、かかった。わたしはへとへとになったが、まだアンプやスピーカーを取り出すまでには至っていない。もう十数年も電源を入れていないのだから、CDデッキやDVDデッキなど作動系の機器は壊れている可能性大だ。

 麻雀部屋のステレオを直す方法はないのだろうか。

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

週刊朝日  2020年10月9日号

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黒川博行

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黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

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