「音楽を通して、共鳴し合える一線を確認する作業ができたのは大きかったです。自分が作品を届けなければいけない人たちの顔を事前に見て、編集が俄然やりやすくなった。『サインした、握手したあの子たち』の顔が具体的に浮かぶのと浮かばないのとでは全然違うので」

「チィファの手紙」は現在日本で公開中だが、映画「ラストレター」を見た人なら、同じストーリーなのに、どうしてこんなに受ける印象が違うのか驚くことだろう。

「同じストーリーを撮っているという感覚はなかったです。映画というのは、常に一枚一枚絵を撮っていくわけですから、どの場面も新鮮な驚きがある。日本で撮っているときも、ワンテイク目とツーテイク目では違います。そこが“映像”の面白いところなのかもしれません」

 撮影しながらどこかで多少ラクになる場面があるのではないか。そう監督は期待したが、その期待は見事に裏切られた。

「手間と苦労は、別々の映画を撮っているのと全く同じでした。逆にいうと、一縷(いちる)の期待があった分、疲労感はかえってあったのかもしれない」

「ラストレター」で、「自分が作品を届けなければならない」と感じていた相手は、あの震災で心に傷を負い「思い切り泣ける映画が見たい」と言った女性だったのだろうが、「チィファの手紙」では、また違う“映画を届けるべき人の顔”が浮かんでいたのだ。どちらの作品も、物語は葬式の場面から始まるが、話が進むにつれて、それぞれの登場人物たちが、「大切な人の死によって分かち合うことのできる感情」を知る。世界中に新型コロナという未知のウイルスが蔓延しているタイミングで、「チィファの手紙」が公開されることは、コロナ禍で死生観に思いを巡らせた人に、何かしらの希望をくれるきっかけになるかもしれない。

(菊地陽子、構成/長沢明)

岩井俊二(いわい・しゅんじ)/1963年生まれ。宮城県出身。95年に「Love Letter」で長編映画デビュー。日本のみならず中国・韓国でも絶賛され、アジア各国に岩井ファンが生まれた。代表作に「PiCNiC」「スワロウテイル」(ともに96年)、「リリイ・シュシュのすべて」(2001年)、「花とアリス」(04年)、ドキュメンタリー「市川崑物語」(06年)、「リップヴァンウィンクルの花嫁」(16年)など

>>【後編/岩井俊二「ユーチューバーに元気もらった」コロナ禍で映像のプロが気づいたこと】へ続く

週刊朝日  2020年9月25日号より抜粋