斬新さは、インパクトのある表紙カバーだけではない。中の写真も極力登場人物の喫煙中ポートレイトで押している。ソフト帽をかぶった著者の近影からして、くゆらす煙の中でじつに幸せそうなのである。寺山修司や永六輔が得意とした著者の一本をもらってしまう「お先タバコ」に市川崑や土門拳の「くわえタバコ」。トレードマークでもあった池部良の堂々たるくゆらせ方。高倉健はカメラマンに失礼ですからとばかりに慌てて火を消す人だったと記す。滅多なことでは見聞きできない「秘話秘蔵写真の特集」であるがゆえの、後方3回半ひねり的新鮮さなのである。タバコが話芸や心情を表現する上での重要な小道具であるどころか主役にさえなっていた時代を蘇らせている。

 劈頭を飾った人物からして106歳まで生きた伯父・物集高量。生涯200万本を上回るタバコを吸い、79年、100歳の時に執筆した『百歳は折り返し点』がベストセラーになった人物である。他にも小沢昭一、草森紳一、太地喜和子、マレーネ・ディートリッヒら総勢80人近くとのもくもく交遊録がトレースされている。無頼で酒が飲めない人ならではの研ぎ澄まされた観察眼によるところも大きい。

 少し残念なのは、愛煙家差別へのルサンチマンが創意工夫なく繰り返される点だ。むろん寸鉄人を刺す記述もあるけれど、タバコを媒介項にした回想に徹するだけでも自由思想は伝えられた。

 時代が分断から包摂の方向に向かう兆しはない。「勇気のある書物かも知れない」とあとがきにあるように置いてくれない公立、大学図書館が多々あるようだ。今では十把一絡げで軽犯罪者扱いを受けているタバコ呑みだが、そこにも多様性はある。著者は、喫煙室や臭いの染み付いた場所を好まない。空気の良い所で美しく吸いたい矢崎のようなロマン派もいるのである。

■佐山一郎(さやま・いちろう)/1953年、東京都生まれ。著書に『VANから遠く離れて 評伝石津謙介』(岩波書店)、『日本サッカー辛航紀 愛と憎しみの100年史』(光文社新書)など

週刊朝日  2020年8月14日‐21日合併号