すがるようにいう。断りきれずに部屋に行くと、50代くらいの男性が前かがみに座りこんでいた。息が荒い。T子さんは脈を測りながら、

「とにかく救急車呼んで。狭心症かもしれません」

 店に遊びにきて、狭心症の発作を起こした客の様子によく似ていた。

「奥さん、枕かなにか持ってきて。ハイ、楽にしてください。ハイ、いいですよ。心配いりませんからね」

 やがて救急車が到着した。男性の容体はだいぶ落ち着き、ほっとするT子さんに救急隊員が尋ねた。
「どちらの病院ですか?」

「あのー……新宿のほうです」

「適切な処置ありがとうございました!」

次の日、また女性がやって来た。

「命の恩人です。ありがとうございました」

 菓子折りをちょうだいした。この事件以降、なるべくベランダに制服を干さないようにしているT子さんである。

■ ユゴーの手紙インスパイア 仏文男の手紙「?!・×」

 東京都文京区の私立大学に入学したO君(19)はクラスにさっそく好きな子ができた。4月下旬から1週間おきにラブレターを出したが、全然反応がない。

 フランス文学志望のO君は考えた。講義中に彼女に接近、ノートにすばやく「?」と書いて渡した。文豪ビクトル・ユゴーの伝説にならったのである。『レ・ミゼラブル』を書いたユゴーが、その売れ行き、反響を知りたくて出版社に「?」と書いた手紙を出した。すると「!」という返事が返ってきた。それは爆発的に売れている、という意味だった……。

 さて、「?」という手紙をもらった彼女はため息をつき、手紙の裏に「・」と書いて返してきた。

講義が終わってO君、

「あの点はどんな意味なの?」

と聞くと、彼女がいった。

「ピリオドよ」

付きまとわないで、という意味だった。

*     *  *
<出来事が世に満ちている。世の中は、出来事であふれかえらんばかりである>

 今は昔、こんな“宣言”を掲げ、1978(昭和53)年、産声をあげたのが、名物連載「デキゴトロジー」です。

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