前の回の円陣では、「自分にチャンスで回せ」と声をかけていた。「本当に来たチャンス、絶対に返す」と、3球目の外角の真っすぐを振り抜いた。鋭い打球が右中間に飛び、逆転の適時二塁打になった。

「打った瞬間、ヒットになると思いました。甲子園で逆転打が打てて、これまでの3年間が報われたような気がした」

 しかし、甲子園の魔物はこのまま終わらせてはくれなかった。九回裏2死一、二塁。それまではまばらな拍手での応援だった明徳義塾の一塁側アルプスからも、負けじと手拍子が鳴らされる。あとアウト一つで勝利というところで、鳥取城北は交代に伴って守備位置を変更。河西は左翼から右翼に移った。その直後、自身の頭上を打球が襲った。

「オーバーになるなと思ってすぐ背走して、打球が風で少し押し戻されたので捕れるかなって思ったんですけど……。(打者の新沢颯真の)これまでの打席から、長打はない、1失点で抑える、と前目で守る指示が出ていたけど、ポジショニングによっては届いたかな」

“代わったところに打球が飛ぶ”とはよく聞くフレーズだが、まさにその通りの展開。懸命の背走もむなしく打球は落ち、サヨナラ負けを喫した。

 試合後、取材を待つ通路で河西は、遊撃手の藤元和虎と笑顔で話していた。「勝てたよな」「うん、勝てた」「もう1回俺に打席が回ってくれば、打つ自信があったのになあ」

 甲子園の魔物に翻弄された悔しさよりも、大舞台で全力を出せたうれしさに満ちた笑顔に見えた。

(本誌・秦正理)

※週刊朝日オンライン限定記事

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秦正理

秦正理

ニュース週刊誌「AERA」記者。増刊「甲子園」の編集を週刊朝日時代から長年担当中。高校野球、バスケットボール、五輪など、スポーツを中心に増刊の編集にも携わっています。

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