軍需工場ルポも「サザエさん」風?戦後75年、昭和の名作漫画誕生の裏に戦争のリアル  (1/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

軍需工場ルポも「サザエさん」風?戦後75年、昭和の名作漫画誕生の裏に戦争のリアル 

このエントリーをはてなブックマークに追加
鎌田倫子週刊朝日
西日本新聞戦時版に掲載された長谷川町子の漫画ルポ。当時は同社の社員だった(提供・西日本新聞社)

西日本新聞戦時版に掲載された長谷川町子の漫画ルポ。当時は同社の社員だった(提供・西日本新聞社)

 戦後75年。戦時中の新聞から意外なものが見つかった。今年生誕100年を迎えた漫画家長谷川町子の代表作、「サザエさん」の“原型”と呼べる作品だ。福岡の西日本新聞に掲載された漫画ルポで、イラストのサザエさんヘアの女性は長谷川町子その人。思わずクスリと笑ってしまう内容は、4コマ漫画のサザエさんにも通じる。しかし、なぜ、福岡だったのか。サザエさん誕生の秘話を追った。

【フォトギャラリー】戦時中の新聞から発掘された「サザエさん」の“原型”

*  *  *
「マンガ工場巡礼」。本社特派員長谷川町子と署名が入った記事は、福岡市内にあった軍需工場で働く「女子挺身隊」を取材したものだ。西日本新聞で1944年7月27日から6回の連載で掲載された。

 これらを見つけ出したのは、福岡市博物館館長の有馬学さん。2017年発行の『西日本新聞140年史』の編さん過程で、行方不明だった「戦時版」が発見され、有馬さんはその内容を調査した。ただ、当時はこの漫画ルポの存在までは認識していなかったという。今回、町子の生誕100年を機にある雑誌の取材を受けて調べなおしたところ、眠っていたお宝を“発掘”したというわけだ。

「数カ月分見落としがあったのです。ですから『再確認した』と言った方が正確ですね」(有馬さん)

 当時、町子は東京から福岡に疎開し、西日本新聞社の絵画課で働いていた。漫画ルポは長谷川町子の西日本新聞での初仕事だ。

「これが非常におもしろい資料でした。絵が『サザエさん』を彷彿させるというだけではないのです。長谷川町子独特の、ものの見方が表れているのです」

■ 勤労意欲向上目的なのにズッコケる

 ルポを読んでみよう。第1回は、日本ゴムを見学。工場内を流れるのは軍国歌謡だ。そこで町子は「なかなか良い声です、お点をつけてあげましょう、まず八十点」と勝手に評論し、エレベーターが上昇する様子を「チフス患者の体温計の様にグングン昇りまして」と表現する。最後は「(出来上がった)新しい靴をはいてニコニコ顔のヨイコの顔が目に見えるようです」と小噺のように締めくくっている。

 また別の回では、理容師の申し出に「有難く辞退しました。ここでは専ら決戦型ですから、習慣の恐しさでうっかり涼しい頭にされやしないかとの、恐怖からであります」と、おどけてみせる。これらの記事は本来、勤労意欲を高めるのが目的のはずなのに、町子は必ずどこかにユーモアを忍ばせていた。


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

続きを読む

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい