「いつだったかは忘れちゃったんですけど……」と遠くを見つめながら、やはり20年ほど前に撮影した、鈴木清順監督の「ピストルオペラ」の話をした。

「この映画で僕は、江角マキコさんが演じた殺し屋の影という役どころでした。つまりは紛いものの役です。僕がお酒を飲むシーンがあって、リハーサルのときは、お猪口に水も何も入っていなかった。飲むふりをしていたんです。で、本番になって、スタッフさんに、『お酒の代わりになるものを入れてください』と言ったら、監督が、『いや、あなたの役は紛いものだから、本番もお酒を飲んでいるふうでいきましょう』と。監督にそう言われることで、“紛いもの”がどういう存在であるか、頭ではなく体で理解することができたんです。そのときですかね。一人の頭の中だけでつくる芝居はつまらないと気づいたのは。もちろん、人はそれぞれに小さな宇宙を抱えているけれど、大勢が集まることで、それが銀河系みたいになる。それこそが映画の面白さじゃないか、と気づいたんです」

>>【後編】永瀬正敏、三國連太郎さんの芝居に圧倒され…「いい役者」の条件語る へ続く

(菊地陽子、構成/長沢明)

永瀬正敏/(ながせ・まさとし)1966年生まれ。相米慎二監督「ションベン・ライダー」で映画デビュー。91年、山田洋次監督「息子」で八つの映画賞を受賞。「あん」(2015年/河瀨直美監督)、「パターソン」(16年/ジム・ジャームッシュ監督)、「光」(17年/河瀨直美監督)で、カンヌ国際映画祭に3年連続で公式選出される。公開待機作にイラン・日本合作の「ホテルニュームーン」、矢崎仁司監督「さくら」など

週刊朝日  2020年8月14日‐21日合併号より抜粋