「一般的な万能細胞は、特定の細胞へ人工的に誘導した後、基本的には手術で移植します。Muse細胞は点滴で済み、患者さんの負担が少ない。地方の中小病院でも治療を受けられます」(同)

 iPS細胞やES細胞は、ヒトの細胞に特定の遺伝子や化合物を入れたり、受精卵に手を加えたりすることでつくられる。そのため、細胞が無限に増殖して腫瘍(しゅよう)化する懸念があり、実際に使う際の“壁”となっているが、Muse細胞はからだにある自然の細胞なので、腫瘍化の危険性が低い。

 さらには、特殊な免疫調節システムも持っているので、他人の細胞をそのまま移植しても臓器移植でみられるような拒絶反応が起こらない。免疫抑制剤も必要ないのだ。

 課題もある。まずはコストだ。総じて再生医療は治療費が高額で、健康保険で認められている治療にも、1千万円以上かかるものがある。東北大学病院脳神経外科の新妻邦泰教授は言う。

「脳梗塞は一般的な病気であり、患者さんの数が多い。ですので、国の医療費が圧迫される可能性もあり、あまり高額な治療費は現実的ではありません。できるだけ安く、妥当な金額で提供してほしいというのが、臨床医としての願いです」

 次に供給の問題がある。わが国では現在、商用目的でドナー(提供者)からMuse細胞などの幹細胞を採取し、使うことは法律で規制されている。「ひとりでも多くの人に幹細胞を用いた治療が広く行き届くためには、献血のように国内で安定的に幹細胞を入手することができるシステムが必要です」(出澤教授)

 Muse細胞による再生医療について、日本脳神経外科学会評議員で、兵庫医科大学脳神経外科の吉村紳一主任教授は、次のように話す。

「現時点で脳梗塞の後遺症に対する薬物治療はなく、リハビリによる機能の回復にも限界があります。臨床試験の結果には大きく期待しています。一方で、まったく新しい治療であり、長期的な安全性は今回の試験だけでなく、時間をかけて検証する必要があるでしょう」

 いずれにしても、Muse細胞による治療は開発途上。それを考えると、やはり予防が大事だ。吉村主任教授は改めて、「血圧や血糖値が高めの人はしっかり生活改善や薬でコントロールを。たばこやお酒の飲みすぎもリスクになるので、禁煙と節酒を心がけて」と呼びかける。(本誌・山内リカ)

週刊朝日  2020年8月14日‐21日合併号