「ガンプラ40年」人気の秘密 “名人”が明かすバンダイの開発思考 (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「ガンプラ40年」人気の秘密 “名人”が明かすバンダイの開発思考

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太田サトル週刊朝日
マスターグレード第1弾 MG 1/100 RX-78-2 ガンダム (c) 創通・サンライズ

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「川口名人」ことBANDAI SPIRITSの川口克己さん

「川口名人」ことBANDAI SPIRITSの川口克己さん

 今から約40年前、小中高生らが模型店、玩具店、デパートに長い行列をつくった。

【ガンプラ特集】懐かしい80年代の貴重なモデルから最新のガンダム、シャア専用ザクまで一挙紹介!

“ガンプラ”──。現在までシリーズ作品が連綿と続く、アニメ『機動戦士ガンダム』のプラモデルを求めるファンの列だ。アニメに登場するモビルスーツやモビルアーマーが次々とキット化され、入荷するたびに飛ぶように売れ、ブームは社会現象化した。

『機動戦士ガンダム』の最初のテレビシリーズが放送されたのは、1979年の4月から翌年1月まで。実は『機動戦士ガンダム』の人気が爆発したのは放送終了後のこと。本放送では視聴率が低迷し、数話短縮されて放送された。

 ガンプラ最初の商品、定価300円の「1/144 ガンダム」が発売されたのも、アニメ放送が終了した半年後の80年7月。作品に魅せられた一部の熱心なファンのリクエストにバンダイがこたえた形だった。アニメに登場したモビルスーツが、当時としてはそのまま立体化されたかのようなリアルさで商品化されたことでファンを喜ばせた。

「デザインもよく再現されていて、すごく可動する。それまでのキャラクタープラモデルは、ゼンマイやモーターで動くような低年齢向けのものだったのですが、ガンプラはディスプレイモデルとして登場しました。そこに驚きました」

 と語るのは、バンダイスピリッツホビー事業部シニアアドバイザーの川口克己さん(58)。川口さんの名前に、ピンとくるガンダム世代は少なくないのではないだろうか。当時、川口さんは模型誌や児童コミック誌などで、プロモデラーとしてガンプラの作例を次々に披露し、時には「川口名人」と呼ばれることもあった人物だ。ガンプラ発売前に、自作のモビルスーツを作り上げたこともある。

 川口さんは85年にバンダイに入社、作り手から送り手側としてガンプラ40年の歴史を見守り続ける存在だ。そんな川口名人が、ガンプラ40年の歴史をひもといていく。

 ガンプラが、当時の川口さんも驚くような製品として開発されたのは、なぜだろうか。


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