山本氏の政治姿勢は、貧困に苦しむ人や身体障害者など社会的弱者に寄り添うことで一貫している。その信念が生まれたのは、2011年3月11日に発生した東京電力福島第一原発の事故だ。俳優だった山本氏は同年4月に反原発運動を開始。「芸能人が政治について語るな」とたたかれながらも原発批判を繰り返した。

 一方、自らの言葉で傷ついている人がいることに気づく。山本氏と親しい作家の雨宮処凛氏は言う。

「太郎さんは放射能被害を受けた地域に住んでいる人に『逃げろ』と言ったのですが、『逃げたくてもそんなお金はない』と言われショックを受けたそうです。原発事故によって、政治が人々を見捨てる構図が浮き彫りになった。原発問題が、社会的弱者や貧困の問題とつながっていることに気づいたんだと思う」

 所属していた芸能事務所は11年5月に退所。フリーの俳優として活動したが、仕事は激減した。

 そんな中、12年に公開された映画「EDEN」の主役に山本氏を抜擢したのは、映画プロデューサーの李鳳宇(リボンウ)氏。「フラガール」や「パッチギ!」などの名作を手がけた李氏は、自身も在日コリアンというマイノリティーだ。作品で、山本氏は新宿2丁目のショーパブで働くゲイの店長を演じた。李氏は言う。

「彼は悩みのある共演仲間には積極的に助言していた。正義感が強く、おせっかいなぐらい。私は彼の俳優としての才能を高く評価していたけど、映画の世界だけに収まらない人だろうなと、当時から感じていました」

 李氏の予感通り、山本氏は芸能界から飛び出し、12年12月の衆院選に出馬。この時は落選したが、翌年7月の参院選に東京選挙区から再出馬し、約66万票を得て初当選した。

 議員としては無所属で活動した後、小沢一郎衆院議員率いる自由党などに籍を置き、昨年4月にれいわ新選組を設立。同年7月の参院選で自身は落選したものの、重度の障害を持つ木村英子氏、舩後靖彦氏の2人を当選させ旋風を巻き起こした。

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