朝日新聞社会部の司法クラブキャップの佐々木隆広たちが「特捜部が司法取引を使って大きな事件をやろうとしている」と察知したのは、西川が知る数カ月前のことだった。それから取材を重ね、たどり着いたのは想像もつかない大物の名前だった。「ゴーンって、あのゴーンか」。佐々木は初めてその情報を耳にしたとき、「タマがでかすぎる」と身震いした。ゴーンがビジネスジェットで羽田に降り立ったときに特捜部がゴーンの身柄を押さえることもわかった。

 11月19日午後3時半、ゴーンの飛行機が舞い降りた。「日産自動車のゴーン会長を金融商品取引法違反容疑で東京地検特捜部が逮捕へ」。全文35文字の原稿は、佐々木たち司法クラブの記者たちの数カ月の取材の結晶だった。

 ゴーンが昨年末、レバノンに逃亡したため、裁判は実現しない可能性が極めて高い。一方、金融商品取引法違反の罪で共犯者として起訴されたグレッグ・ケリー前代表取締役、そして法人としての日産は、裁判に向けた準備が進んでいる。当初は4月にも初公判が開かれる予定だったが、新型コロナウイルスの影響もあり、開始が遅れている。主役のいない裁判で真相はどこまで明らかになるのだろうか。(朝日新聞取材班・大鹿靖明)[一部敬称略]

週刊朝日  2020年6月19日号