カルロス・ゴーン氏 (c)朝日新聞社
カルロス・ゴーン氏 (c)朝日新聞社
『ゴーンショック』(幻冬舎)ゴーン事件の深層と日産という会社の体質を包括的に描いた決定版。本体1800円+税
『ゴーンショック』(幻冬舎)ゴーン事件の深層と日産という会社の体質を包括的に描いた決定版。本体1800円+税

 日産自動車は5月末、最終赤字が6712億円に上ると発表した。この赤字額は堕ちた“カリスマ”カルロス・ゴーンが仏ルノーから乗り込んできた20年前の6843億円に匹敵する。日産を舞台にしたゴーン劇場とはいったい、何だったのか? 朝日新聞取材班が迫った深層を明かす。

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 2018年秋、二つの物語が同時に進んでいた。

 一つはフランスのルノーが日産をのみ込む経営統合の動きだった。マクロン大統領は自国の製造業復権を画し、ルノーのトップを兼ねるカルロス・ゴーンに対して、日産との統合を後戻りできない「不可逆的なもの」とするよう命じた。規模が小さく、技術力が劣るルノーはこのままではジリ貧になりかねない。電気自動車など先端技術力を持つ巨大な日産の生産能力を吸収することで、ルノーの凋落に歯止めをかけたかった。

 マクロンは、統合を進めるようゴーンに退任をちらつかせる。「ルノー日産」王朝に君臨する皇帝ゴーンにとって、不愉快極まりない申し出であった。

 フランスは第2次大戦後、政府が主要企業の株式を持ち、経営トップを送り込む独特の経済体制を敷いてきた。ゴーンにとって仏政府はただでさえ鬱陶(うっとう)しい存在なのに、政府権限を強めるフロランジュ法を制定し、政府保有株式の議決権を2倍にした。仏政府はもともとルノーの株を15%保有していたが、これにより発言権が2倍の3割弱となった。事実上、経営上の重要事項に拒否権を持つようになったのである。

 それまでルノーと日産双方を巧みにいなして地位を保ってきたのがゴーンだった。日産生え抜き幹部たちにとって、ゴーンは仏政府の圧力の防波堤になってくれる信頼感があった。ところがゴーンはマクロンに屈し、18年9月の取締役会で「ルノーとのアライアンスを深めることについて意見をうかがいたい」と切り出し、ルノー側に軸足を移した。「統合を進める気だな」。生え抜き幹部たちがゴーンの豹変を確信した瞬間だった。

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