日本各地で同時刻にいっせいに人々は空を見上げた。上を向くことすら久しぶりだったことに気付いたかもしれない。

 人知れずその日のために着々と準備をした仕掛人や、それに沿って働いた一人一人に感謝だ。きっと彼らも、準備中にひそやかな楽しみを見つけたに違いない。誰にも知られぬように事を運ぶその愉しさはえもいわれない。

 子供の頃、母に内緒で夕暮れを待って、一本の線香花火の描く小さな華に心をおののかせた刻を想い出す。何度かもう終わりと思わせながら、あえなく丸い火の玉が落ちるまで。

 日本の粋は今も生きている。庶民の心意気としてコロナに負けず生き残っている。

 それに比べて小さすぎる布製のマスクとか、すったもんだの末、やっと一人一律一〇万円に落ち着いた給付金、さらに加えて今後の備えと検証になくてはならぬ専門家会議の議事録がなかったとか。国のやることは粋とはほど遠い。

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下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

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