合格した年、ある舞台との運命的な出会いがあった。原爆投下後の広島を舞台にした井上ひさしさんの代表作の一つ「父と暮せば」だ。

「被爆者の気持ちを感じるために広島を訪ね、偶然、被爆者の方とお会いする機会を得ました。皆さん、大変な苦労をされて、今もその苦しみを抱えているのに、すごく明るくて優しい方ばかりで。どうしてこんなに苦しいことを経験しても、こんなに明るくたくましくいられるんだろうと、その理由が知りたくなって、広島に通いました」

 被爆者の人たちの生活史を大学の卒業論文にまとめた。大学院に進学すると、「きのこ会」という、胎内被爆による小頭症患者とその家族の会と出会い、その歩みを修士論文にした。

「当時は、まだ私も子育ての真っ最中でしたが、『きのこ会』の人たちからは、思いやりを持って生きることはどういうことかを学びました。食べ物を送っていただいたので、お礼を送ると、『お礼なんかしなくていい!』と叱られましたね。『私は、今はあなたよりも余裕があるんだから、そういうときは甘えればいい。いつか、あなたに余裕ができたとき、周りの困っている人がいたら、私がやったことをしてあげてね』って」

(菊地陽子 構成/長沢明)

週刊朝日  2020年6月19日号より抜粋