やはり健康弱者と健康強者の間には、深い溝があるようです。

 吉行さんの養生はまず、疲れたと思ったら、すぐに横になってしまうことです。彼の机の傍らにはベッドが置いてあって、二行書いてはもぐり、三行書いてはもぐる。まるでモグラのようだとご自身について語っています。次なる養生は、深酒をしないことだといいます。ところが彼の深酒はウイスキーのボトル半分を超えて飲むことだというのですから、レベルが違います。さすが酒豪ですね。そして、自分は長生きできないから、ときどき死について考えたそうです。死んだらどうなるかではなく、死に方についてです。

「親兄弟や友人を呼びあつめ、大宴会を開いて歓を尽くしたあげく、『ではみなさんさようなら』と、一本注射をしてもらう。そして、その集まりを葬式の替りにする。そういう時代がきたらいいな、とおもう」(同書)。安楽死がもっと考えられてもよいという気持ちをお持ちでした。

 健康強者であろうと健康弱者であろうと、大事なことは自分の生命と向き合うことです。健康強者は強さゆえに、自分の生命を見誤ることがあります。その分、健康弱者の方が養生には有利なのかもしれません。

週刊朝日  2020年6月12日号

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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