ブラジルのコロナ感染爆発で作家下重暁子は思う「少し耐えることなど何でもない」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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ブラジルのコロナ感染爆発で作家下重暁子は思う「少し耐えることなど何でもない」

連載「ときめきは前ぶれもなく」

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下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数

※写真はイメージです(c)Getty Images

※写真はイメージです(c)Getty Images

 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、ブラジル・ファベイラでの新型コロナ感染爆発で考えたことについて。

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 ブラジルは爆発的な新型コロナウイルスの感染で、一日あたり死亡者がアメリカを抜いて一位になった日もある。

 特にサンパウロのファベイラでの感染率が高い。

 通称ファベイラというブラジルのスラムは、大都市の高地に階段状に建っている。普通は高級住宅街が高台にあるのだが、なぜかブラジルでは貧しい層の人々が占拠している。

 私は以前、リオ・デ・ジャネイロのファベイラを通り抜けたことがある。真夏の午後だったせいで人はまばらだったが、あちこちで子供たちの声がひっきりなしにしていた。

 人口密集地帯だけに、その発するエネルギーというか、熱気はすさまじいものがあった。この混沌の中から、時としてスポーツのスターが出たり、リオのカーニバルなどではもっとも盛り上がる演目が生まれたりする。

 私が訪れたのは、世界で働く日本人を取材するテレビ番組で、パイナップル栽培を指導する男性の暮らしを一週間近く追った。ちょうど運よくリオのカーニバルの行われている最中で、夜になると私たちもメイン通りの席を確保することができた。両側にそそり立つ人の壁。

 毎年必ず死者が出るともいうが、通りをへだてた向かいの人の壁を見て納得がいった。群衆が押しかけて、上へ上へとよじのぼっていく。時折、その一番上から落ちる人が群衆に押しつぶされることもあるとか。

 もう一つの発見は、日本の阿波踊りのように切れ目なく次々と連が続くのではなく、一つの華やかな団体が通りすぎるとしばらく間が空くことだ。そして、彼方にかすかにサンバの音と人影を認めたと思うと、徐々にそれが大きくなり、目の前を通りすぎていく。その興奮と静寂の繰り返しが、いかにもドラマチックであった。

 中でも、ファベイラの人々が一年かけて準備した演目は素晴らしく、先頭を切って派手に手脚を動かして迫ってくる黒人女性が目立った。よく見ると、彼女の手脚は極端に短いのだった。体が不自由だろうと、教育がなかろうとカーニバルにかける情熱はすさまじく私はすっかり感動してしまった。


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