三宅裕司の“笑いの原点”は? 今も「東京の笑い」目指す

2020/06/07 12:00

 赤ん坊の頃、近所に住んでいた絵本作家のいわさきちひろさんにお乳をもらっていたという有名なエピソードがある。

「もちろん僕は憶(おぼ)えてないんですけどね。ちひろさんの息子さんは信州にいて、会えない間にお乳が出なくなっちゃうといけないから、って。その後もお会いすることはなかったですが、ちひろさんが描いたたくさんの子どもたちの絵のなかに、僕の顔がちょっと入っているかもしれないですよね」

 三宅さんには親戚やいとこが大勢いた。正月など一族が集まる場で「おもしろいこと」をすると拍手喝采。あのときの快感が、自分の原点だと振り返る。

「クレージーキャッツが大好きで真似(まね)をしたりね。ジャズを演奏しながら笑いができる、そのかっこよさに『東京っぽいな』と憧れたんです。音楽をレベル高くカッコよく演奏して、同時にめちゃくちゃ馬鹿馬鹿しい、ずっこけることをして、その落差で笑わせる。それが『東京の笑い』であり『東京喜劇』だと勝手に定義して、僕はそれをずっと目指してやっているんです」

 中学でバンドをはじめ、高校・大学時代も音楽と落語に熱中した。大学の落語研究会の後輩に、立川志の輔と渡辺正行がいる。卒業後は喜劇役者を目指した。

「着物を着て1カ所に座っている落語家より、もっと動きたかったんでしょうね。音楽や笑いの入った『東京喜劇』を作りたくて、28歳で小倉久寛たちと、スーパー・エキセントリック・シアター(SET)を創立しました」

 SETは今年41年目。

「毎回『次はもっとおもしろいものを!』って思えたのがよかったんでしょうね。僕が忙しくなってほとんど劇団のことができなくなったときも『演出・三宅裕司』で上演しようとメンバーがフォローしてくれた。彼らとだったから、ここまで長く続けられたんです。僕も一生懸命稼いで、劇団を給料制にしたりしてね」

 多忙のきっかけは84年、32歳で抜擢(ばってき)されたラジオ番組「三宅裕司のヤングパラダイス」だ。若者に絶大な人気を誇った。

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