林:そうなんですか。そのあといまのご主人と東京に出てらして、フリーライターなさったり、雑誌のリライトをなさったりしてたんですね。
宮尾:生活のために、いろいろやっていました。でも、三カ月もたなくてクビになっちゃった、ヘタクソで。頭ごなしに「ダメだ。全然なってない」って叱られて。私、ドラマも書いたことあるんだけど、そっちもすぐクビになっちゃった。私は人からテーマを与えられて書くのはダメみたいね。
*中略*(以下、*)
林:先生が『きのね』をお書きになったとき、ある有名な歌舞伎俳優さんのご家族の写真を見たら、昔の女中さんみたいな女の人が見えて、この人だれだろうと、すごい興味を持って、それで書き始めたと聞きましたけど。
宮尾:その話すると、二時間ぐらいかかるわよ(笑)。えらい騒動でしたよ。あれを連載した朝日新聞社とはもめました。「あなたがあれを書くと、プライバシーの侵害になる。あの歌舞伎役者が訴えたら、うちは全面敗訴になる」って言うの。*でも私、それぐらいでは引き下がれないと思ったの。負けたときは、罰金は朝日に払ってもらうつもりだった。三島由紀夫の『宴のあと』なんて、罰金五十万円だったらしいし。
林:あ、そんなに安いんですか。
宮尾:安いの。「罰金は朝日。監獄へは私が入る。入ったことないし、経験だから」というくらいの覚悟でした。それくらい書きたかった。
林:すごいですねえ。
宮尾:それだけ書きたいものがあったわけ。それだけ燃えなきゃ、私、書けないの。
※週刊朝日 2020年6月5日号