やっぱり落ち着くところはコロナですかね。最近はもうコロナ番組もあんまり観(み)なくなりました。コロナに感染する前にコロナに汚染されてしまいます。僕は聴覚障害者で、テレビを観ても聴こえないので、もっぱら週刊誌ばかりです。家の中は週刊誌と画集で溢(あふ)れています。週刊誌の面白いところはスキャンダルの因果応報ですが、いまや、人類の因果応報時代に突入しています。

 コロナを文化だという人はいないと思いますが、コロナは文化ではなく、文明だと思いませんか。つきつめるとコロナは人災です。天災も怖いですが、もっと怖いのはやはり人災です。食料として生きた動物を家で料理する習慣が武漢にあったそうです。人の心が招いた結果の災害ではないでしょうか。地球上に人がいなければコロナも蔓延(まんえん)しません。

 それは難しいので、やっぱりセトウチさんに倣って死んだふりをしながら坐禅でもして、時の過ぎるのを待つんです。食べるものも食べないで、あんまり真剣になると、即身仏になって、死んでしまいます。まあ、コロナで死ぬよりは即身仏の方が崇高な尊厳死かも知れませんが。まあ、こんなことでも妄想しなきゃいけないのは悲劇です。コロナに振り廻(まわ)されている国民はそれ以前に政治に振り廻されています。命が大事か経済が大事か。彼等は命よりお金です。お金さえ持っていれば死なないという論理です。情けない国になりました。もう寝ます。

■瀬戸内寂聴「生まれた翌年、大震災の経験覚えています」

 ヨコオさん

 私はとうとう九十八歳の誕生日を迎えてしまいましたよ。一九二二年(大正十一年)五月十五日に生まれたそうで、戸籍もそう書き込まれています。

 大正十一年と言えば、翌年九月に関東大震災が起きています。その時、私はサッちゃんという子守の背にくくりつけられ、裏庭の井戸のそばで日なたぼっこをしていました。

 突然、揺れにおそわれて、小学五年くらいの体力しかないサッちゃんは、その場にへなへなと座り込み、井戸に抱きついて泣きだしました。

 井戸を共通で使っている三軒の家の裏口から、人々が飛び出し、口々に、

地震だっ! 大きいぞ!」

 と叫んでいました。そんな様子を赤ん坊の私がみんな覚えていると言うと、大人たちはみんな呆(あき)れて、

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