■江本氏が明かす 舞台失った苦悩

 プロ野球側はプロ志望届を提出した高校球児を対象に、トライアウトの開催を検討しているとの報道もある。野球評論家の江本孟紀氏は、「球児に希望を持たせるいい方法」と評価しつつ、自身の経験から「大会が中止されてもドラフトに大きな影響はない」とみる。

「スカウトは有望選手の情報をリトルリーグからチェックしてリストアップしていますから、トライアウトをしなくてもだいたい把握していますよ。私の場合、中学のときにスカウトが挨拶に来て、高校3年時に1年間プレーできなかったのに指名されましたからね」

 江本氏自身、甲子園出場が「幻」に終わった苦い経験がある。高知商業時代、他の部員が起こした暴力事件により決まっていた選抜大会の出場をチームが辞退。1年間の対外試合禁止処分で、夏の高知大会も出場できなかったのだ。

「当時の私は優勝候補筆頭の高知商のエースで4番。絶頂期に地獄に突き落とされ、『人生終わった』と思いました。野球もやめてしまい、悶々としながら校舎でボーッとしていると、隣の学校の球音が響いてくる。学校行くのが嫌でしたね。そういうえげつない経験をして世の中を信用しなくなって、ちょっとひねくれた人間になりました(笑)」

 江本氏はその後、新たな目標を見つけて立ち直る。西鉄からのドラフト4位指名を断って進学した法政大学、社会人野球を経てプロ入りした。

「『このままで引き下がらんぞ』と思って、長嶋茂雄が活躍していた憧れの東京六大学、神宮の杜で活躍するぞと目標を切り替えたんです。甲子園がすべてではない。プロ野球選手で甲子園に行っている人は半分もいませんし、甲子園で活躍したからといってプロでも活躍できる保証はどこにもないんですから」

 江本氏は、プロ入りを目指すわけではない大多数の球児たちのケアこそが必要だと語る。

「体力を持て余している子は多いと思う。甲子園の道が断たれたとき、代わりに次の目標になることを大人たちが指し示してほしい」

 前出の安倍氏は、多くの球児たちの声を聞いた経験から、こう話す。

「球児たちは今、『やりきった』という達成感がないまま、中ぶらりんの気持ちで過ごしている。球児にとって甲子園は特別で、何物にも代えがたいもの。ある高校の野球部員からは『軽々しく救済策などと言わないでほしい』という声を聞きました。そうした声もしっかりくみ、選手たちが納得のいく形を望みたいです」

(本誌・秦正理/桜井恒二)

週刊朝日  2020年6月5日号

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秦正理

秦正理

ニュース週刊誌「AERA」記者。増刊「甲子園」の編集を週刊朝日時代から長年担当中。高校野球、バスケットボール、五輪など、スポーツを中心に増刊の編集にも携わっています。

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