しかし、それを題名に据えた山田太一さんの見事さ! 私は実際にその言葉を何回も聞きながら、気にしながら、題名とは思いつかなかった。

「想い出が作れない」

 その言葉を四半世紀過ぎて久しぶりに聞いたのだ。様々な行事や催しが中止になって、特別な日の場面がなくなるのは淋しい。

 その気持ちはわかるけれど、想い出とは特別の行事や催しの中にあるのではない。何気ない日常の中でその人が何を感じ、何を想ったか。その積み重ねの中にある。誰かほかの人が作ってくれるものではなく、ましてや楽しいこととは限らない。

 たとえばコロナでいやおうなく外出自粛を強いられるさなか、日頃見過ごしている自分を知る。

 私は「自分を掘る」と言っているが、心の奥深く潜んでいる想いに気付くことが、自分を支える想い出となるのである。

週刊朝日  2020年5月29日号

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下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

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