アルバム『パピヨン』は、「ボヘミアン・ラプソディ」のほかの13曲はすべてオリジナル。森雪之丞、GReeeeN、いきものがかりの水野良樹らが作詞や作曲で参加している。

「タイトルチューンの『パピヨン』はロックです。今までの氷川きよしとは百八十度違う楽曲に挑戦しました。パピヨンはフランス語で蝶のこと。愛する人と出会い、愛する人のために歌い、蝶のように羽を広げて飛び立つ姿を歌いました」

 今作では、氷川自身も歌詞を書いている。

「作曲は日本のR&Bのレジェンド、上田正樹さんにお願いしました。そのメロディーを聴いたら、言葉が生まれてきました。子どものころからの素直な思いをつづっています。曲のタイトルは最後まで迷いましたが『Never give up』です」

 自分の座右の銘を曲のタイトルにした。kiiというペンネームでつづられたこのR&Bナンバー「Never give up」の歌詞には、氷川自身が抱えてきた孤独、苦悩、恐れ、決意、誓い……がありのままつづられている。それはまるで魂の叫びだ。

「うちはけっして裕福な家庭ではなく、僕はほしいものも買ってもらえずに、ずっとがまんをして育ちました。内向的で友だちもできなくて、そういったことの全部がコンプレックスでした。僕はなんで生まれてきたんだろう──。そんな感情を親にぶつけて、困らせたこともあります」

 ある日、父親に向かって「お金がほしい!」と叫んだ。すると「ほしければ自分で稼げ!」と返される。

「はっとしました。そうか、自分で稼げばいいんだ、と。そういう苦しい時期があり、自分に負荷をかけて頑張ってきた。学校を出て会社員になる道を選ばずに、歌手を目指しました」

 歌手として20年のキャリアを積み、発信力を持った今、「Never give up」で素直な気持ちを歌った。

「僕は頑張ってきた自分を評価してあげたい。過去にどんな苦悩があったとしても、運命は自分で切り開けます。これからも自分の思う進むべき道を信じて、ガンガンやります。『パピヨン』は勝負の一枚です」

(取材・構成/神舘和典)

週刊朝日  2020年5月22日号

著者プロフィールを見る
神舘和典

神舘和典

1962年東京生まれ。音楽ライター。ジャズ、ロック、Jポップからクラシックまでクラシックまで膨大な数のアーティストをインタビューしてきた。『新書で入門ジャズの鉄板50枚+α』『音楽ライターが、書けなかった話』(以上新潮新書)『25人の偉大なるジャズメンが語る名盤・名言・名演奏』(幻冬舎新書)など著書多数。「文春トークライヴ」(文藝春秋)をはじめ音楽イベントのMCも行う。

神舘和典の記事一覧はこちら