日本の新型コロナ対策は、集団感染を防ぐことを重視している。いわゆる「クラスター対策」だ。PCR検査の能力が限られていることから、陽性者と濃厚接触した人を徹底的に検査し、隔離するという戦略だ。ところが、谷本さんの夫は、PCR検査を求めても断られた。

 夫は、息子の検査結果が出るまで外で仕事をしていた。もし会社の人に感染させたとなると、早急な対応が必要となる。最終的には「体調が悪いことを大げさに訴えて、ようやく検査してもらえた」という。検査結果は幸い陰性だったが、クラスター対策では、家庭内感染の危険性は重視されていなかった。

 これだけではない。谷本さんの家族から感染者が出たことが知れ渡れば、差別や偏見を受けるかもしれない。また、自分が感染してしまったら近所の人にも迷惑をかける。そのため、誰とも会わないと決めた。自宅マンションのエレベーターは使用せず、買い物は生協の配達や信頼できる友人に頼んだ。友人にはドアの前に荷物を置いてもらった。どうしても買い物が必要な時は、近所のスーパーの閉店間際を狙って出かけるしかなかった。

「日本でも、感染者が出た家族の家の玄関に落書きされたという報道もあって、自分たちもそうなるかもと思ってショックでした。今でも、息子が感染したことが周囲にバレることが、本当に怖いです」

 感染症は人間社会に差別を生む。谷本さんも、自分たちの家族の感染を心配する以上に、周囲からの“目”に神経質になっていた。

 息子が自宅に戻ってから20日を過ぎ、家族の疲労もピークに達していた。その間、保健所などには入院の必要性を繰り返し訴えた。最終的に入院が認められたのは、4月下旬になってから。近所の病院で感染者用のベッドに空きが出ることがわかり、急いで入院の手続きをした。

「本来なら、成田空港でPCR検査してもらっていたら、もっと早くに医師がいる帰国者向けのホテルに入れたんです。それが今でも許せません。自宅で看病するには限界があります。それで息子の症状が長引いたんじゃないかなと思うとかわいそうで……」

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熱があるのにPCR検査陰性で退院 再び始まるコロナ介護