今朝も庭の牡丹(ぼたん)が紅白そろって咲き、ため息が出るほどきれいです。五月十五日の私の誕生日をめがけて、毎年、牡丹は咲いてくれるのです。

 でも、今年は、葵祭の行列も無いそうです。自分の誕生日が、葵祭と重なるめでたさも、去年でおしまい。この誕生日で、満九十八歳になる私は、来年のここの日は、あの世で暮らしていることでしょう。

 五十一歳で出家した私は、すでに一度死んでいるのです。出家とは生きながら死ぬということですから。そのため、自分の死は切実に感じません。この年まで七十年ほど小説を書いていますが、今、ふりかえってみたら、私の小説は人間の死ばかりを書いてきたようです。コロナ禍を見たらエンマさまはどんな顔をするでしょうね。きっとマスクを欲しがるだろうけれど、あの大口のエンマさまの口を覆うようなマスクは、誰も持っていないので、カンシャクを起こすかもしれないですね。

 この年になるまで、ずいぶん死人の顔を拝んできましたが、死顔(しにがお)というのは、ほんとに皆さん、それはそれは美しかったですよ。

 そうそう、ヨコオさんの若いころの「遺作集」という画集、見てますよ。

 ヨコオさんが首吊(つ)り自殺をしている写真などあり、青山墓地でにせ葬式までしていましたね。あんなふざけた遊び、今したら、週刊誌やテレビが大げさに報じて、大変なことになるのでしょうか?

 誰も得をしない、あんな「おふざけ」も、今の社会では受け入れられないでしょう。

 ああ、今日もコロナ、明日もコロナ、コロナ、コロナで夜が明け、日が暮れる。

 そんな間にも商売上がったりで、何軒の商家がつぶれていくことでしょう。

 政府が国民みんなに十万円くれるそうだけれど、貰(もら)ったら、ヨコオさん、どうする? 使い道ないなら、私に頂戴! 寂庵の大きな賽銭箱は、いつも空っぽだから、私の分とヨコオさんの分を入れてうちの仏さまたちをびっくりさせてあげたいです。

 あ、喋(しゃべ)りすぎた! ヨコオさん、さっきからイビキかいてる。では、安らかにおやすみ! またね!

週刊朝日  2020年5月22日号