小谷所長は、相続人の共感や納得感を高めるためにも「口頭と書面と両方で自分の気持ちを伝えることが大切」と話す。

 とりわけ書面は、家族に面と向かって口にするのが恥ずかしいような言葉でも淡々と記すことができる。遺言書を作成する場合は必ず付言事項を活用し、財産分配を決めるに至った背景や自分の心情、家族への感謝の言葉などをつづっておくことを勧めているという。

「70~80代には筆まめな方が多いので、日ごろから身の回りで起きた出来事や読んだ本などの感想を書き付けておくといい。いざというとき、『親はこういう考えを持っていた』ということが子どもたちに伝わり、相続の際のヒントになるかもしれない」(小谷所長)

 実務的な面からも、いまの相続には3つの見える化のような自助努力が欠かせないと指摘するのは、社会保険労務士でもあるファイナンシャルプランナーの井戸美枝さんだ。

「相続の手続き上、本人にしかわからないことがたくさんある。被相続人が何の準備もしていないと、家族は申告期限まで10カ月しかない中、手探りでいろいろなことをやり遂げなければならない。役所に行けば手取り足取り教えてもらえる死後の手続きとは難易度のレベルが違う」

 一方で、この4月からは相続法改正の一環として配偶者居住権の制度が稼働するなど、相続回りの新制度、新商品の導入が加速している。

 井戸さんは、「これらの活用には高度な専門知識が必要となり専門家の力を借りざるを得ないが、丸投げではなく、自分の状態を見える化したうえで相談するというスタンスで臨むことが大切」と助言する。

 専門家への相談なども考慮すると、3つの見える化の実行には相応の時間を要する。心理学では「ジャネーの法則」と呼ぶが、人間は高齢になればなるほど時間の経過が速く感じられるようになるといい、「一日でも早く準備を始めること」(井戸さん)が鍵となりそうだ。

週刊朝日  2020年5月22日号より抜粋