※写真はイメージです (GettyImages)
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 ライター・永江朗氏の「ベスト・レコメンド」。今回は『世界ことわざ比較辞典』(日本ことわざ文化学会編、時田昌瑞・山口政信監修、岩波書店 3400円)を取り上げた。

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 ぼくは原稿を書くとき、できるだけことわざを使わないようにしている。理由は二つ。一つは便利なだけに文章が紋切り型になりやすいから。もう一つは、なんとなく年寄りじみた感じになるんじゃないかと思って。まあ、還暦もすぎたし、じゅうぶん年寄りなんだけど。

 でも、ことわざは面白い! 日本ことわざ文化学会編『世界ことわざ比較辞典』を読んで、あらためて思いましたね。

 この辞書に取り上げられているのは日常的によく使われる日本のことわざ300。その意味や由来を解説するだけでなく、世界の25の言語・地域でも使われている類似のことわざも並べたところに特徴がある。世界初の試みだそうだ。他言語のことわざは、日本語訳だけでなく原語でも記されている。

 たとえば「捕らぬ狸の皮算用」。明治期より前は使用例が確認されていないわりと新しいことわざで、常用されるようになるのは戦後だという。外国では「生まれていないヒヨコの数を数えるな」(英語)のようにヒヨコだったり、「を倒す前にその皮を売ってはならない」(フランス語)のように熊だったり。アラビアでは魚だ。

「八方美人」も新しいことわざだが、ヨーロッパでは「友の多い者に友はいない」(古典ギリシア語)や「みんなの友は誰の友でもない」(ラテン語)のように、古くからあった。ところが同じ「八方美人」でも韓国語では「何でもできる人」、中国語の「八面玲瓏」は「誰とも円満にうまく折り合える人」のこととなり、イメージが逆転する。

 ことわざには風土や文化がしみこんでいる。

週刊朝日  2020年5月8‐15日号