帰国後、播磨氏は部下たちにこう言った。

「その時、ひらめいたんだ。『こんな時、ゴクゴク飲みながら栄養も一緒に補給できる飲み物があればいいのに』ってね」

 同社のルーツは輸液製剤(点滴液)のシェア50%強を誇る国内トップメーカーの大塚製薬工場。また医療用医薬品製造も行っており、主要取引先である医療現場に詳しい。播磨氏は、手術を終えた医師が、栄養補給に点滴液を飲むのを見たことがあった。

 だが、当時徳島工場長だった大塚明彦氏(故人・大塚ホールディングス初代会長)は「時期尚早」と判断。いったんペンディングとなり基礎研究のみ進められた。正式にGOサインが出たのは76年。折しもジョギングブーム、健康志向が話題になっていた。

 同社には電解質輸液の生産技術、口渇や脱水のメカニズムに関する生理学的な研究などの豊富な蓄積があったが、完全な商品に仕上げるには前述のように7年もの歳月が必要だった。

 まったく新しいドリンクを生み出し、新規カテゴリーを開拓しようとしているのに、従来の風味やのど越しを踏襲していては、新規事業の意味がない。パイオニアとなり、先行者利益を獲得するためには妥協を許さないのが大塚製薬の社風であった。

 完成までと発売後の苦労は、大塚製薬のHPで読むことができるので、本稿ではロングセラーとなった理由について筆を進めよう。

 森高千里、宮沢りえ、鈴木杏、綾瀬はるか、川口春奈……。言わずと知れたポカリスエットのCMに起用された女優たちだ。この5人の他にも出演をきっかけに大きく飛躍するケースが多い。そのため芸能関係者の間では“若手女優の登竜門”とも言われている。

 しかし、「話題性やはやりだけで起用し、CM制作をしているわけではない。その時々に、楽曲を含めた緻密(ちみつ)な戦略が垣間見える」(前出の新倉課長)。

 例えば吉田羊と鈴木梨央が母娘役を演じる「ポカリ、のまなきゃ。」シリーズ。15年にスタートし、季節ごとの水分補給の必要性を訴求しているが、昨年はZARDの「揺れる想い」やNHK連続テレビ小説「なつぞら」の主題歌「優しいあの子」(スピッツ)を絶妙のデュエットでカバーしたことでも話題になった。

「ポカリスエットは超ロングセラーなので、孫・親・祖父母の3世代飲料とも言えます。それだけに、吉田さん、鈴木さんは母と娘の設定ですが、見る人によっては姉妹にも見えなくはない。明るいファミリーの絆を想起させ、幅広い年齢層にアピールできていると思います」(同)

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