長野の友人の家にはその片鱗がある。ある時、軒にかかっていた巣が落ちてしまった。思うに、雛達の成長につれて入り切らなくなって、崩れたのだろうか。


 友人とその子供達は、巣を拾ってプラスチックの植木鉢に移し替え、リボンで結び、高めの枝に吊るしてやった。

 以前その写真が送られてきたが、雛達は無事にそこから巣立っていったという。そうした人間と生物達との交流を通して、私達は自然から優しさを学んでいった。

 私の住む都心のマンションには、燕の巣をつくる軒先がない。直角に切り立った壁や屋根には巣をかける余地がない。

 と思いながら散歩していると、我が家の二つ隣のベランダの手すりに、小さな箱がぶら下がっているのを見つけた。

 爪先立って眺めるとどうやら巣箱のようである。緑だけは豊富なので、小鳥はやって来る。以後、散歩のたびにその巣箱を気をつけて見ているが、生物のいる気配はない。せっかくの好意もそっぽを向かれてしまったのか。

 緊急事態宣言が出されたが、コロナとの闘いも、もとはといえば人間が自然を破壊したからである。森林を伐採し、動物達の棲みかをなくし、動物にもともと棲みついていたウイルスが人間を冒すようになったせいではなかったか。

週刊朝日  2020年4月24日号

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下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

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