「今日は縁がなかったな……」。早々に帰宅。発泡酒を呑みながらひとり反省会。なんなんだ?なぜ走り出さない。普通、回り込んで土下座して「弟子にしてください!」だろ?

 翌22日。同じ時間に待つ。向こう側に行くのは分かっている。さぁ来い。え? こちらに向かってきた。なぜか同じ距離を保って、同じ方向へ歩き、そのまま私は帰宅した。

 翌23日。どちらに来てもいいように、網(心の)を広めに構えて待つ。かかって来いや! ん? 一人じゃない。誰か同業者と出てきた。「邪魔しちゃ悪いかな」と紀伊國屋で立ち読みして無事帰宅。

 翌24日。待ってるうちに雨が降ってきた。小雨なら我慢しようかと思ったが、帰宅して銭湯へ。風邪を引くところだった。

 翌25日。師匠は休みだった。調べとけ。

 翌26日。寝坊してしまい、私が行けず。バカか。どうなんだよ。弟子になりたいんだろ?

 翌27日。この日のことはほとんど覚えていないのだが、なんか入門がかなった。後日師匠は「あの時は刺されるかと思ったよ」と呆れていた。

 仕事が延期でなくなった昼下がり、ビールを呑みながら今年もあの頃を思い出す。私もけっこうな「から馬鹿」だったな。

 来年には「から馬鹿」が呑気に落語家になっちゃう、能天気な春がくるかしらん。

週刊朝日  2020年4月17日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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