「役の大小や軽重に関わらず、どうやら僕は、演じたら楽しくなってしまうタイプのようです(笑)。よく取材で、『気分転換にどんなことなさってますか?』と聞かれるんですが、僕は、あまりそうしたものを欲しない。ストレスを解消するという行為すら、僕はお芝居の中でなしてしまっているように思うんです」

 思慮深い上川さんの顔が、終始綻びっぱなしになったのは、愛犬との日常について言及した時だった。10年前、保護犬の譲渡会で一目惚れをしたという飼い犬について話す時は、(理路整然とした口調は相変わらずだが)その表情は、“メロメロ”とか“デレデレ”とか、擬態語でしか表現できない、柔和で幸福なものに変わった。

「こういう言葉を愛犬に使うのもどうかと思うのですが、彼女は、非常に物事を弁えている。過剰に遊びを要求することもなく、だからといって、全くこちらに関心がないというわけでもなく、絶妙の距離感で、僕らと接してくれるんです。面倒を見ているというよりも、僕らのほうが彼女によってラクをさせてもらっていると思うくらい、手のかからない子です」

 犬を飼ったことで上川さんの心境に大きな変化があった。自分より先に死んでしまうであろう命を預かったことが、あらためて、“命”そのものを見つめ直すきっかけになったのだ。

「彼女はとても癒やしになる存在だけれど、同時に、いつかいなくなることも、強く意識しています。今10歳なので、平均的なところでいうと、あと5~6年でしょう。そのことは考えたくはないけれど、考えなきゃいけないと思うようになった。“命”と誠実に向き合おうとする姿勢は、彼女と出会う以前の僕にはなかったものです。いつか果てる命だからこそ、できるだけのことを彼女にしてあげたい。彼女がいなくなった後に、ロスに見舞われてしまったら、彼女に対して申し訳が立たない。だから、精いっぱい一緒の時間を過ごして、精いっぱい看取って。後は、そこにあったかいものだけが残ればいいなぁと思っています」

(菊地陽子 構成/長沢明)

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