帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など多数の著書がある
帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など多数の著書がある
帯津三敬病院 (撮影/多田敏男)
帯津三敬病院 (撮影/多田敏男)

 西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「死を覚悟するために」。

【写真】帯津三敬病院

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【ポイント】
(1)死を覚悟するのに年齢は関係がないのかも
(2)死後の世界に対して好奇心を持って臨む
(3)死後の世界があると思うのが覚悟のコツ

 ナイス・エイジングの終着点には死があります。ですから、自分自身の死を想うことはとても大事です。それについては、以前にも書きました。でも、死を想うことと、死を覚悟できるかどうかは別問題です。

 儒学者、佐藤一斎は『言志録』の中で「聖人は死に安んじ、賢人は死を分とし、常人は死を畏る」と説いています。つまり、「聖人は生死を超越している。賢人は死を受け入れている。しかし、常人は死を畏れてじたばたする」というのです。

 がん診療が専門の私は、死に直面する方と数多く付き合ってきました。その患者さんたちの死に対する覚悟は様々です。

 死を覚悟することについては、年齢は関係ないのかもしれません。40代で逝った女性の言葉がいまでも思い浮かびます。決して美辞麗句でも大言壮語でもない言葉が、心に残っているのです。

 その女性は末期の卵巣がんでした。私の病院に入院していて、毎週金曜日の夕、院内の気功道場でおこなう私の講話に毎回出席し、いつも最前列でにこにこしながら聴いてくれました。

 私の講話では死や死後の世界について語ることが多いのですが、そういう話にとても関心がある様子でした。彼女は小康を得て退院し、通院していたものの、がんの進行で通院が難しくなりました。その時彼女から手紙が届きました。

「先生、私、ホスピスに行くことにしました。ほんとうは病院でなく、家で死ねればとも思いましたが、苦しんで家族に迷惑をかけたくないので、ホスピスを選びました」

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帯津良一

帯津良一

帯津良一(おびつ・りょういち)/1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱。「貝原益軒 養生訓 最後まで生きる極意」(朝日新聞出版)など著書多数。本誌連載をまとめた「ボケないヒント」(祥伝社黄金文庫)が発売中

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