問題となるのは経済的な損失をどうするか。映画制作には多額の費用がかかっていて、回収できないと二度と映画は作れなくなる。国に補償を求める声も強いが、日本銀行に勤めた経験もある松枝さんは、国に頼るのにも限界があると指摘する。

「コロナショックでダメージを受ける人たちに、国が一定の支援をするのは当然です。でも、みんなが全ての損失について補償を求めたらどうなるのか。何でも税金で補ってもらうとすれば国の財政赤字が膨らんで、最終的にはお札(日本銀行券)の価値がなくなって、日本経済自体がダメになってしまうリスクもあるのです」

 国は事業者へのつなぎ融資など緊急経済対策をする方針だが、映画や演劇などの制作現場には十分配慮できていない。

「映画や演劇などの損失も税金で穴埋めしてくれという意見もあります。もちろん、それができるならやったらいいのですが、簡単ではありません。コロナショックで疲弊した人々にこそ映画や演劇などのエンタメは必要です。その必要をお金に換えるシステムを模索した方がいいのではないでしょうか」(松枝さん)

 具体的には、ネットを通じて作品や役者らにお金がまわる仕組みが考えられるという。

「今でもクラウドファンディングなど、ネットを通じてお金を集める手法があります。ユーチューブやネットフリックスなどの動画配信サービスもあります。問題はそういうシステムをうまく使える人と、そうでない人がいるということ。国や第三者機関が、エンタメ需要をお金に換えて制作者に還元できるシステムを作り、誰でも利用できるようにすればいい。例えば、『投げ銭システム』のようなものですね」(同)

 税金での一律の穴埋めには国民の間に疑問もあるが、松枝さんは投げ銭システムなら反対は少ないはずだという。

「視聴者が納得できる作品にだけ支払うシステムにすれば、国民の理解も得やすくなります。制作者にとっても、多くの人々に見てもらえる作品をつくるインセンティブになる。世界に通用する作品を生み出すエネルギーを、日本の映画・演劇界に与えてくれるはずです」

 ふるさと納税を通じて、経営が悪化している宿泊施設や飲食業を応援する動きはすでにある。今回の危機をきっかけに新しいシステムができれば、コンテンツを将来にわたって支援できる枠組みができるかもしれない。

 松枝さんが手がけたミセス・ノイズィは、実際にあった「騒音おばさん」の事件をモチーフとしている。ささいなすれ違いによる隣人同士の対立が、マスコミやネット社会を巻き込んで、家族の運命を狂わせてしまう。朝早く布団をたたく隣人を主人公が非難する場面があるが、もしかすると相手にはそれなりの理由があるのかもしれない。「争い」に絶対的な善悪はないという真理をテーマにしたものだ。

「いまのネットでは、『エンタメには意味があるから補償をしろ』とか『税金を使う価値はない』といった、お互いの立場ばかり主張するような言葉が飛び交っています。物事は一面的ではないことを、ミセス・ノイズィでは訴えています。こんな時だからこそ、相手の立場に立って考えてみることが大事です。いまの状況では公開しても劇場に来てもらえるのかわかりませんが、この時代に必要な映画だと自負していますので、多くの人に見てもらいたいですね」(同)

 私たちは不安に駆られると、ついギスギスしがち。ときにそれが恐ろしく他人を傷つけてしまうかもしれない。コロナショックを乗り切るためには、ネットなどでいろんな作品に出会って、一息ついた方が良さそうだ。
(本誌・多田敏男)

※週刊朝日オンライン限定記事