市川右團次が17歳で海外歌舞伎公演した時に感じた「舞台の恐ろしさ」 (1/4) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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市川右團次が17歳で海外歌舞伎公演した時に感じた「舞台の恐ろしさ」

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菊地陽子週刊朝日
市川右團次(いちかわ・うだんじ)/1963年生まれ。大阪府出身。飛鳥流家元・飛鳥峯王の長男。75年、三代目市川猿之助(現・猿翁)の部屋子となり、市川右近を名乗る。2017年、上方歌舞伎ゆかりの大名跡・三代目市川右團次を襲名。近年では、スーパー歌舞伎II「ワンピース」のエドワード・ニューゲート(白ひげ)役も話題に。TBS日曜劇場「陸王」やバラエティー番組にも多数出演。オペラの演出も手がける。 (撮影/写真部・小黒冴夏)

市川右團次(いちかわ・うだんじ)/1963年生まれ。大阪府出身。飛鳥流家元・飛鳥峯王の長男。75年、三代目市川猿之助(現・猿翁)の部屋子となり、市川右近を名乗る。2017年、上方歌舞伎ゆかりの大名跡・三代目市川右團次を襲名。近年では、スーパー歌舞伎II「ワンピース」のエドワード・ニューゲート(白ひげ)役も話題に。TBS日曜劇場「陸王」やバラエティー番組にも多数出演。オペラの演出も手がける。 (撮影/写真部・小黒冴夏)

市川右團次さん (撮影/写真部・小黒冴夏)

市川右團次さん (撮影/写真部・小黒冴夏)

 気になる人物の1週間に着目する「この人の1週間」。今回は歌舞伎俳優の三代目市川右團次さん。戦前に上方で活躍した二代目市川右團次が追求し、師匠である三代目市川猿之助(現・市川猿翁)にも受け継がれた“ケレン味”を未来につなぐ架け橋にと、この春は、9歳の息子と、歌舞伎屈指の人気舞踊『連獅子』を舞った。

【市川右團次さんの素敵な笑顔の写真はこちら】

* * *
 もうすぐ10歳になる息子を都心にある私立小学校へ送っていくことから、右團次さんの一日は始まる。息子である二代目市川右近さんは、3年前に歌舞伎デビュー。今年は3月に、親子で『連獅子』を舞うための稽古に勤しんでいた。

「今は僕が稽古をつけるので厳しくしていますが、稽古や本番で忙しくない時期は、学校の勉強を見てやることもあります」

 一週間の大体のスケジュールを聞きたい旨を伝えると、「毎日をどう過ごしているかは、ブログを見るのが一番早い」と言って、スマートフォンを取り出した。一日に何度もブログを更新しているが、学期末の時期は、自然とテストの結果報告に一喜一憂することが多くなる。「そうそう、これが面白かった」と、写真付きで解説してくれたのが、音楽のテストだ。
「三つの曲を聴いてタイトルをつけなさいというテストで、息子の答えはそれぞれ、『ライオン』『ピアニスト』『水族館』。理由の欄にはすべて、『カンで決めました』と書いてある。その感性がいいと思ったので、『パパは脱帽』とコメントしました(笑)」

 そうやって、子煩悩な父親の顔を覗かせるが、歌舞伎の世界に足を踏み入れた息子に、どうしても伝えたい魂がある。それは、師匠である三代目市川猿之助さんの創造の理念。果たして、その理念とは具体的にどんなものなのか。話は、右團次さんの子供時代に遡る。

 2階にある稽古場から、邦楽の足拍子が家全体を振動させるように響き渡る。大阪の旧市街にある日本家屋。日本舞踊飛鳥流家元の父のもと、内弟子に囲まれながら右團次さんは育った。


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