自分が選手のときは夢のまた夢だった五輪の舞台が一気に身近なものになりました。これまで長く水泳指導に関わってきましたが、あのとき感じた高揚感がすべての始まりでした。

 そこから仕事としてのコーチの道を考え始めるようになります。それでもすぐ一本に絞れたわけではありません。教員、映画会社、広告会社……。いろんな選択肢を考えて悩みました。

 そんなとき銀座の古いビルにオフィスがある石炭会社に勤める水泳部OBを訪ねました。就職について聞かれて「金融関係を考えています」と言うと、こんな話をしてくれました。

「ぼくらが学生のころ、石炭は花形だったんだよ。証券や銀行といった金融はこのところ業績がいいけれど、将来どうなるかわからない。今いい会社に行くのではなくて、自分の好きな仕事をしたほうがいい」

 このアドバイスは大きかった。そのとおりだなと胸に落ちて、悩みが吹っ飛びました。大手有名会社に内定の断りを入れて、東京スイミングセンターに就職を決めます。母には「水泳コーチにするために大学まで行かせたわけじゃない!」と怒られて、和解までにずいぶん時間がかかりましたが(笑)。

 好きでやりがいを感じる仕事だから頑張れる。進路に悩んだとき参考にしてもらえればと思います。

(構成/本誌・堀井正明)

週刊朝日  2020年3月20日号

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平井伯昌

平井伯昌

平井伯昌(ひらい・のりまさ)/東京五輪競泳日本代表ヘッドコーチ。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる』(小社刊)など著書多数

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