「よめさんが、外に出て行けというんや。雨が降ってテニスができんときでも放り出されるから、しかたなしに図書館へ行く。本は借りて帰ったらあかん。図書室で読むんや」

「わしは毎日、ジムに行ってる。トレーニングをして、プールに入って、家に帰って飲む発泡酒がうまい」

「おれはなにもせんな。ボーッとテレビ見てる」

 そういったAさんの妻は、フラ、ヨガ、カラオケ教室、ゴルフ練習場と、日替わりで外出している。

 野菜作り、囲碁、将棋、麻雀、合唱、日帰り登山、油絵教室、スーパー銭湯巡りと、みんな家を出ることにマメなのだ。

 笑ったのは、おやじバンドをしているBさんだった。六十五歳でリタイアして、蕎麦(そば)打ちを習ったという。

「教室に行ってるうちは、よめの機嫌もよかった。おれが打った蕎麦を持って帰ったら出汁(だし)を作ってくれたりした。それがや、講習が終了してこね鉢やらのし板やらを家に持って帰ったら、次の日に娘が来た」

「それ、分かる。おかあさんから電話があった、というたんやろ」と、わたし。

「そのとおりや」

「外で蕎麦打ちをするのはよろしい。家の台所でうろうろされるのはかなわん。そういうたんやろ」

「なんで分かったんや」

「おれがよめはんでも、あんたが台所をぐちゃぐちゃにするのはお断りやな」

「情けない。家でギター弾くのも禁止や」

「エアギターにせい」

 爺のエアギターバンドはウケるかもしれない。

週刊朝日  2020年3月20日号

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黒川博行

黒川博行

黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する

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