アメリカを、世界を大混乱に陥れたあの9・11のテロを、私は偶然にもその瞬間をテレビで見ていた。軽井沢のホテルの部屋で。その日軽井沢は珍しく台風のさなかにあり、私は持病の膀胱炎が悪化し大出血したので、山あいの山荘から馴染みのホテルに避難していたのだ。

 一機が超高層ビルの横っ腹を直撃し、煙と炎で一瞬のうちに大惨事になった。何の説明もなく見たそのシーンは心に張りついたまま離れない。

 四角い仕事場の窓から見ると、平面の絵としてはまるで同じだった。もちろんそんなはずはなく、何事もなく機影は次の空間に現れ、高度を下げていった。

 私は自分の勘ちがいにほっとする間もなく、次の機影が右手に迫ってくる。そして次も、また次も。時間を計ってみると長くて二分、短くて一分。ひっきりなしに来る。品川、渋谷から羽田に着陸する新ルートの試験飛行だったのだ。私の型ある不安は、当分去りそうにない。

週刊朝日  2020年3月6日号

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下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

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