校長室へ通されてマスク校長が現れた。そこはさすがに自らマスクを外し、「いやいや、本日はありがとうございました。本校ではマスク着用を徹底してまして、やりにくかったと思いますが失礼しました」「いえいえ、用心に越したことはありませんから。今度は素顔でお会いしましょう」と私も大人の対応。「タクシーが参りました!」と入ってきたのは教頭先生らしいが、その顔を見て「?」。

 その斎藤洋介似の面長先生は二つのマスクを同時にしていた。だいぶへたったガーゼのマスクを上下に、二つでようやく一つ分のサイズだ。「サイズが小さいので2枚しないと鼻が隠れなくて……(照)」。モノを大事にする人……もしくは相当な変わり者発見。

 玄関まで見送りに来てくれた斎藤洋介の顔を見ると、鼻も口も隠れているのだが、鼻の下と上唇が微妙にはみ出している。とりあえず見てないフリしてタクシーに乗り込んだが、あの、飛び出した部分。あの部分。その晩、あの部分だけが夢に出た。あの部分が喋ってた。「オレモフサイデクレヨ」って。こわ。

週刊朝日  2020年2月28日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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